キリンジの「むすんでひらいて」が好きすぎるブログ - neongrow.net

キリンジの「むすんでひらいて」が好きすぎるブログ

むすんでひらいて踊ろう
指切りでついた嘘に
ララバイを ララバイを…
還るア・カペラ

 
この歌詞は、2000年にキリンジが発売した3rdアルバム『3』の8曲目に収録されている、
「むすんでひらいて」という曲のサビです。
 

 
もう「キリンジって誰?」とか「上の2人の冴えないおっさん誰?」とか
「どのアルバム聴けばいいの?」とか「帝都随一のサウンドシステムって何?」とか
そこらへんはもうググってもらって、そこから先、ある1曲に焦点を当て続けるブログを
今回書きたいと思います。
 
それがこの「むすんでひらいて」という曲。
作詞/作曲ともに、当時キリンジのメンバーであった、堀込泰行氏。
 
この曲。
キリンジファンの方はとっくのとっくにご存知とは思いますが、
とてもとても、素敵な曲
なのですね。
 
素敵という陳腐な表現では表しきれないくらい味わいのある曲なのですが、
それを伝えようにも、いかんせん、私はコードや奏法レベルで語れるほどの音楽の教養はありません。
 
が、それでも好きという気持ちは抑えきれないので、
それ以外の観点から、この楽曲をひたすらに、しつこいほどに、味わっていきたいと思います。
 
よろしくお願いいたしますね。

曲自体が好きすぎる

まずこの「むすんでひらいて」という曲。
 
収録されていたアルバム『3』を聴き始めた時。まだ今みたいに「エイリアンズ」が流行りだすより前のこと。
このアルバムは、一部の邦楽ファンから知る人ぞ知るアルバムだよという評価を受けていた頃。
シングルカットされた曲も聴かず、1曲目からアルバムを聴いていたところ、
1曲目の「グッデイ・グッバイ」から、6曲目の「エイリアンズ」まで、非常にバラエティ豊かで、
かつ飽きのこない楽曲群にすべての曲が気に入りそうと感じながら、7曲目のインタールード(Shurrasco ver.3)で一旦クールダウンしたあと、流れてきたのがこの曲でした。
その時、はじめて聴いた時に抱いた感想が…言葉にとてもし辛いのですが、
 
渋い×カッコいい×優しさ×解釈の余地
 
という、本当に言葉にならない言葉…すみません、一行で上手く表す語彙力が私にはありません。
 
楽曲にしても、
アコースティックギターの音色による楽曲進行、
そこに合わさる堀込泰行にしか出せないヴォイス、
そして一気に快楽と脱力へと誘うサビ!
 
という楽曲。
 
なんだこの展開は???
 
初めて聴いた時に、そう思ったのを覚えています。
 
この組み合わせこそがこの楽曲の髄であり、キリンジの今でも続く20年の楽曲史の中でも異色を放つポイントだと考えています。
メロディだけだとただダウナーに聴こえる楽曲ですが、サビにたどり着いた瞬間、一気に魂が開放されるような…そんな曲の展開。
イントロの重く冷たいアコースティックギターのサウンドから一転、畳み掛けるような、しかし脱力感は残るサウンド。
 
ちなみに、楽曲自体はキリンジの2人が敬愛するスティーリー・ダンの「Rikki Don’t Lose That Number」(1974年)に似ていると言われています。

 
イントロのギターや進行は似ていますが、サビの展開や歌唱法、そしてなにより堀込泰行氏の歌唱法でそこは全くオリジナルのサウンドとなったわけです。
よりメロディアスに、より内向的に、より無機質にしたのが、この楽曲だと考えています。
 
そしてキリンジの楽曲全体に言えることですが、
楽曲も高品質でありながら、歌詞でもまた味わい深くさせてくれている点は見逃してはいけません。
 
(歌詞はJ-Lyric.net内の歌詞などをご確認ください)
 
正直いうと、私は好き好きといいながらこの楽曲の歌詞の全容を掴みきれていません。
歌詞とは、そういうものだと思っています。
 
少し話が飛びますが、歌詞への考え方について、
直接的な表現による、例えば「愛している」「ガンバレ」「諦めないで」という歌詞の曲も、大切です。
しかし、いわゆる比喩や暗喩にまみれた、掴みどころがまるで分からないような歌詞、
意味がありそうで本当は意味がないような歌詞も、私は「音楽」というカテゴリにおいては存在価値のあるものだと思っています。
 
そこで、この「むすんでひらいて」という楽曲の歌詞はどうでしょうか。
 

「僕」という主人公がいる、緩いリズムに身を任せて、「ダンス」を踊る、
「僕」はひたすら踊る、延々と踊り続ける、
サビで明らかになる「浮かばれたい」という気持ち。
「僕」は踊り続ける、ゆりかごから墓場まで…

 
解釈が…出来なかった。
解釈をしようと思った、せっかくブログも書くんだから、解釈をしたかった。
ネット上のコメントを見て、「踊り」がレコーディングの例えだとか、何かの営みの例えだとか、いろいろ見ましたが、自分の中で落とし込むことが出来ませんでした。
 
ただひとつ、この曲を聴きはじめた時から歌詞から感じ取れることがひとつあります。
 

「無情」

 
「浮かばれたい」というキーワードに強く引っ張られますが、とにかく「幸せ」の方向に繋がる答えが見つからないのです。
かといって、不幸せだったりネガティブであるわけでもなく、しかしポジティブではありません。 
いや…でも、「僕」にとって、その踊り続ける日々が幸せであるならばそれは決して悲しいことではないのですが、
「浮かばれたい」という言葉にどうしても引っ張られ、無情であるという感想が離れてくれないのです。
 
実際まだ書き足りませんが、要約するとこの曲は楽曲だけでも歌詞だけでも、リリースから19年が経った今でも
十二分に楽しませてくれる、そんな素敵な素敵な、楽曲であるわけです。

時系列に好きなところが多すぎる

曲が好きすぎるので、
ちょっと細かく分けて、イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・Cメロ・ラストサビ
の順番で書いていきたいと思いますが、全部にここ好きポイントがあって掲載しまくると著作権的に危ないので
要点だけ書きます。

イントロ

静かに響く、アコースティックギターのゆっくりとしたピッキング。
やや左チャンネルから聴こえてくるところにも、なにか意味があるのでしょう。
ここで耳も心も身体も、この楽曲の持つ世界へと誘われていきます。
 
と思ったら、開始8秒で「Hey!」とこの世界の入り口を教えてくれて、
一気にアコースティックサウンドは音色を増し、ドラムサウンドが加わり、Aメロへと繋がっていきます
 

Aメロ

堀込泰行氏の渇いた、空気感のある歌声とイントロから続くアコースティックなサウンドが混ざり合い、
「僕」という主人公の怠惰な時間を歌い上げます。
 
すると突然、「僕」は踊り続けるダンスを、下記の呪文のような言葉に例え出します

ティトゥリトゥリトゥリラー ティトゥリトゥリトゥリラー
トゥラーリー ティトゥリトゥリトゥリラー トゥーレリラー

ここの堀込泰行氏のファルセットのかかった艷やかな歌声と、楽曲の組み合わせは必聴。
この楽曲の髄であり、この曲がこの曲である所以であり、この曲の持つ優しさと気怠さと解放感のポイントだと思っています。

この呪文、言葉にならない言葉のような気がして、
まさに「ララバイ」のような気持ちよさを覚えてしまいます。
そしてその呪文のような言葉が終わり、引き続きBメロへ続きます。

Bメロ

BメロもAメロと同じ展開となりますが、歌詞がやや具体的なワードが散見されます、

「煙を泳ぐ」「泥酔」「鮮やかになる嘘」

おそらく、「踊り」が何を表しているのかがこのワードを紐解く歌詞なのだと思いますが、
その答えはやはり、分からなかったのです。
その答えはじつは、ないのかもしれません。
 
そして呪文のような言葉が繰り返されると、2分24秒、一瞬の静寂が訪れます。
サウンドがほんの一瞬、静かになるのです。
 
するとわずかその2秒後、2分26秒、この楽曲の真髄が展開されていきます。

サビ

むすんでひらいで回る
草木も眠る未明に
浮かばれたい 浮かばれたい

 
先述もしましたが、未だにこのサビに入るとゾクッとすると同時に、何かに包まれたような、しかし煙に巻かれたような、そんな不思議な感覚が頭の中でサラウンドするようなサビです。
このサビだけでも本当にお腹がいっぱいで、緊張すら覚えてしまうのです。
 
ダンスが激しさを増したのか?「僕」の苦悩の現れなのか?踊り呆けているだけなのか?
その答えは分からないままサビはあっという間に終わり、Cメロに突入します。

Cメロ

基本構成は同じなのですが、最も違うのは歌詞の中で

灯台の灯はどんなふうに
寄せては返す僕の波を手繰るか!?

 
ここの一瞬で、声が裏返りそうになるほどの、エモーショナルな歌声が垣間見えること。
ここも実はこの曲の最も重要なキーポイントなのでは?と思いつつ、人魚の得体を暴く海が分からず、
逆にこちらが海に溺れそうな感覚になりそうになるのですが、ここの引っ掛かりもまた、この曲の魅力であることは確かです。
 
いつもの呪文のような言葉が終わりサビに入ろうとした時、
時間で言うと4分4秒。Bメロの時より大きく、長く、静寂が訪れ、鳥のさえずりのような、口笛のような音が聴こえ、より高い緊張が楽曲を包み込みます。
ここがまた、ラストのサビをより一層引き立ててくれるわけです。
 
そして…

ラストサビ

4分8秒から始まるラストのサビは3往復にも及び、
それが切れ目なく続き、
むすんで、ひらいて、むすんで、ひらいて、
その惰性のような浮遊感が、楽曲が終わる5分39秒まで続き、
その多幸感のような脱力感を1分30秒程も続けて、続けて、続けて、
そしてあっという間にフェードアウトする

 
この怒涛のラストのサビの展開もまた、この曲を魅力付ける要素であり、
「静」と「動」、まるで躁鬱のような波を見事に表してこの曲は幕を閉じるのです。
 
ああ、なんということでしょう。
この曲はパーツごとに切り取っても、こんなにも魅力で溢れているのです。
 
恐るべし、堀込泰行。

2002年ライブバージョンが好きすぎる

 
さて、この曲はライブでも何度か演奏されています。
音源化されているものでは、2010年にリリースしたシングル「夏の光」のボーナストラックとして、
2009年ライブ時のテイクが収録されたものがあります。
 

コロムビアミュージックエンタテインメント

 
こちらはよりスロウに、しかし緩急をつけてよりメロウに、洒脱にアレンジされたバージョンでして、
緊張感をややゆるめ、イージーリスニング感が増していますので、ファンは必聴でございます。
 
しかし、私はこの楽曲については、最も好きなライブバージョンがあります。
 
2002年のツアー「キリンジ×teeveeg presents「AV」」の大阪公演で披露されたバージョンです。
このライブバージョン、正直に言うとアルバム音源より敬愛しております。
 
(残念ながらこのライブバージョンは音源化はされていません。が、しかし過去にCSでライブ映像が放映されたので、ネット上の海を手繰れば、どこかに音源や映像が見つかるかもしれません)
 
このライブはキリンジのライブの中でもかなり特異なもので、teevee graphicsという映像制作会社とコラボレーションをしたライブなのです。
(teevee graphics社の代表、小島淳二さんはキリンジのPVやアートワークを数多く手がけており、
 キリンジの世界を形作った一人と言っても過言ではない方なので是非興味がありましたらウェブサイトをご覧ください。もしかしたら知っているアーティストのPVやアートワークを手掛けているかも?
 http://www.teeveeg.com/
 

よって、映像であったり演出であったりと、より楽曲の世界観を膨らましてくれる演出のあるライブなのですが、
その中でこの曲の演出は、異彩を放っています。
 
特筆すべきは、やはりサビでの、照明の消灯→点灯→の連続。
エモーショナルの極み。
 
クラブでもディスコでもありませんが、この曲のこのサビを最も視覚的に表現する方法はなんだろうと考えた時、
私はこの映像を見た瞬間、感動すら覚えました。
 
サビでのゾクッとする緊張感、一気に迫り来る音の洪水
ライブでより栄えるコーラスとファルセット気味の堀込泰行氏の歌声と、ギターと、ドラムスと、ベースと、様々な音たちと。
 
そして、ラストサビに入る前の、静寂。静寂。
 
その静寂、よく聞くとドラムを担当している鈴木達也氏の「1,2,3..」という小さな掛け声が聴こえ、
そこから音源と同じく、ラストのサビが展開されていきます。
 
私は勝手にここから楽曲が終わるまでの時間を「幸せな時間」と呼んでいますが、
それほどこのライブテイクにおけるラストサビは。キリンジのライブテイクでも類を見ないほどの異質感を漂わせています。
 
もう17年も前のライブなので今更音源化も映像化も絶望的だと思いますが、
もし叶うなら、私はこのライブテイクの音源化・映像化を切にに望み続けます。
 

こんなシチュエーションで聴きたすぎる

ここからはほとんど駄文です。
これまでもほとんど駄文だったのですが。
 
さて、ではそんな「むすんでひらいて」という曲
 
好きすぎるので、こういったシチュエーションで聴きたいなと思う場面がいくつかあります。
それは人それぞれの中にあると思いますが、私の中であるシチュエーションを
3つほど、書いてみたいと思います。

冬の人混みの中を歩くときに


 
無気力であり、怠惰であり、アコースティックな曲です。
秋冬に似合う曲だと思っています。
でも、この曲は決してイージーリスニングな曲とは思っていません。
リズミカルなサウンドもあるわけです、そこで、冬の街や人混みを歩くときに、聴いてみてはどうでしょうか。
できれば、枯れ木や緑の少ない冬らしい道が良いでしょう。
まるで人々の歩行が「踊り」に見えてしまう、そんな瞬間もあるかもしれません。
 
つい「ティトゥリトゥリトゥリラ~」と口ずさんでしまっても、私は責任は取れません。

早く起きなくていい寝起きの朝に

この曲の持つ気怠さと、寝起きの時のあの気怠さはやや似ていると思います。
そこで私は平日朝に目覚めてすぐこの曲をスマートフォンから流してみたところ、ピッタリでした。
ピッタリすぎて二度寝してしまいました。
 
だから、聴くとすれば、二度寝もしていいような、休日の朝。
しかも、やや遅めに起きた朝。夢の中で踊りのような何かが見えてきたら、上出来でしょう。

ひたすら気分を落ち込ませたいときに

歌詞などを度外視すると、本当にこの曲はダウナーです。
明るくなる気配など一向も無いまま終わってしまいます。
 
そして人は、時に落ち込みます。へこみます。
へこむ時、人間はとことんへこみつくすべきだと私は考えています。
中途半端にへこんでまたぶり返すくらいなら、徹底してへこむほうが良いはずだからです。
 
その時、この曲はそんなあなたを手助けしてくれるはずでしょう。
歌詞も抽象的なので、特に励まされもせず、同情もされず、ただダウナーな音の波があなたを襲います。
そしてサビに入った瞬間、音の洪水に身も心も委ねた時、この曲はあなたとシンクロするはずです。
 
この曲でへこみきったら、「夏の光」とか「進水式」とかでキリンジの元気成分を補ってくださいね。

カラオケで困りすぎる

駄文の極みです。
 
この曲が好きすぎてカラオケで試しに歌ってみるのですが、
サビのあの浮遊感のある声をどう歌えばいいのか困る
 
困るのです。
 
サビは、堀込泰行氏の声を若干エフェクトかけてますよね?
しかもラストサビではフランジャーのようなうねりある加工をしていますよね?
 
あのサビの歌声あっての曲なので、サビで如何様に歌えばいいのか非常に困ります。
 
サビ前までのAメロ・Bメロのように同じように丁寧に歌うだけでは、
あのサビの浮遊感を表現できないのです。
 
すみません、これはただのお悩み相談でした。
正しい歌い方が分かる方がいらっしゃいましたら、
twitter (@dj_neongrow)までご一報いただけると大変助かります!!
 
 
 
以上、キリンジの「むすんでひらいて」という魅力が有り余る楽曲について、
つらつらつらつらと書いてきました。
 
まさに「むすんでひらいて」が似合ってくる冬シーズン、
皆様のキリンジライフのエッセンスに、
またはこれまで聴いたことがなかった方への指標に、
少しでもお役立ちできれば幸いです。
 
ありがとうございました。

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